僕にとってのリゾートライフ

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*1 このころの僕のことは、「灼熱の太陽、褐色の肌、しょっぱいキスの味」を求める「リゾートダイバーの誕生」として記しました。










青い空、空に映える緑、緑をわたる風、あ〜、なんて気持ちがいいんだろう!







朝の散歩で、とても静かな海をみつけた。
毎朝なにかしら新しい発見がある!







ダイビングから帰ると、髪をかわかしながら、こんなベランダでひたすらボーっとする。本を抱えていても、たいしてページは進みはしない。







今日も一日が終わる。
明日は、どんな発見があるんだろう?
僕の夏休みはいつ終わるのだろう?

■年齢とともに移り行く嗜好
 「灼熱の太陽に輝くコーラルリーフ」、「緑をわたる潮風」、「日焼けしたカラフルなビキニの女の子」、「ブルーやレッドの洒落たカクテル」。10年前、そんなリゾートライフを僕は求めていた(*1)。
 でも最近は、「灼熱の太陽に輝くコーラルリーフ」や「緑をわたる潮風」といった南国の海辺を求める気持ちに変化はないけど、「静かで落ち着いた生活」、「散歩」、「ボーっとする」といったライフスタイルを求めて、南の島に通うようになってきた。
 年齢とともに都市より自然、ステーキより刺身と好みが移るように、僕にとってのリゾートライフも変わってきたのだ。

■川平での1日、そしてその繰り返し
 嫌になるほど朝が弱く、太陽が苦手な僕だけど、石垣島の川平に滞在しているときの僕はとても早起きだ。

 フクロウやヤモリの鳴き声が止み、小鳥達の囀りがかしましくなる明け方、自然と眠りから覚める。しばらく囀りを楽しみながら布団のなかでゴロゴロしていると外がやおら明るくなる。
 徐々に陽射しが強くなり始め、セミの声が突然うるさくなる。

 Tシャツ、短パン、ビーチサンダル。そんなラフな格好で、集落をぶらつく。
 「おはようございます」
 集落ですれ違うおじいやおばあ達と目が合い挨拶をする。
 これは僕がよそ者で、「どんな奴か」を確認するために、おじいやおばあは僕の顔をじい〜っと見つめ、声を掛けるのだと僕は解釈している。それでも、こんな挨拶がとても気持ちよい。

 集落を一回りし、宿に戻ると朝食だ。
 普段、少食な僕が、がつがつ食べる。無心に食べる。腹がきつくなるまで食べる。
 そして、水着に着替えブラブラとダイビングショップに行く。

 ダイビングで心地よく疲れて、日焼けでひりひりと痛む首筋を気にしながら、トボトボと宿に帰る頃はもう夕方だ。
 夕方とはいっても、日本の最西端に近い石垣島では、まだまだ日が高い。
 シャワーでさっぱりと潮を流し、宿のベランダで夕風にあたりながら、ぼーっとする。ときおり本をパラパラめくってみたりする。
 髪の毛が乾く頃には夕食の時間になっている。

 夕食ももちろんガツガツ食べる。骨付き肉やカニ・エビなどの「しゃぶり系」だと一層ありがたい。手づかみで骨をしゃぶる、甲羅をしゃぶる。指についた油や汁をチューチュー舐める。ひたすら「しゃぶり」、「舐める」。
 「あ〜、食ってる!!」って生きる喜びが湧いてくる。

 都会で過ごす僕は「アルコール依存症では?」と心配になるほど、寝酒が止められないでいる。酔いが回らず知らないうちに杯を重ね、文字通り「一杯」が「いっぱい(沢山)」になってしまうのだ。でも、川平の夜は、そんな心配とも無縁だ。
 一日に満足した心と身体は、ビール一本で既に心地よい。泡盛のロックの一杯でもあればもう充分だ。
 あとは、ヤモリやフクロウの声を聴きつつゴロゴロし、いつのまにか眠ってしまう。。。

 「食べ、潜り、ボーっとし、寝る」
 滞在中は、こんなシンプルな生活をただただ繰り返すのだ。

■夏休みのようなリゾートライフ
 「非日常的な空間に滞在し」、「そこでの体験を通じて」、「生きる喜びを養う」ことのできる「場所」。
 僕にとってのリゾートの定義は、こうまとめられるかもしれない。

 そして、そのためにきちんと仕立てたスーツのように違和感が無く、今の僕が身をおくことができるのが、川平の集落なのだと思う。けして、リゾートホテルからイメージされるような、ビキニの女の子やらブルーやレッドの洒落たカクテルのある場所ではないのだ。

 僕にとって非日常的な空間である川平は、住んでいる方にとっては現実だ。厳しい陽射しの下で畑を耕し、牛を飼い、工事をし、あるいは観光を営む。
 そんな現実の生活があるなかに、僕のような想いで浮かれてしまっていいのだろうか? と罪悪感にとらわれることがある。

 そんなとき、あとでこう思い直すのだ。
 「これはきっと子どもの頃の夏休みだ。真っ黒に日焼けして緑のなかを遊びまわり、冷たいスイカをむさぼり食べたあの夏休みだ。川平のおばあの家にやってきたのだ」

 こんな言い訳をする僕は、今でも子どもの頃のある欠落感を、無意識のうちに埋めようとしているのかもしれない。
 



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